東海

東海記事一覧

岐阜城の落城回数はなんと6回!なぜそんな落ちる?私が考える2つの理由

織田信長や斎藤道三ゆかりの美濃岐阜城は、金華山(きんかざん)の山頂にあり、標高329mの山城です。現在はロープウェーで登りますが、戦国時代の登山道も残されています。岐阜城に行ったことがある人なら分かると思いますが、正直、『絶対に落城はしないだろ!!』と思うくらい険しい山なんですよね。でも、岐阜城は歴...

≫続きを読む

 

大垣城の石垣の化石はここにある!場所と種類を解説!

岐阜県大垣市の美濃大垣城の石垣には、化石を見ることができます。その種類はベレロフォン、フズリナ、サンゴ、シカマイア、ウミユリなど数種類。なぜこんなに化石があるのかというと、簡単に言えば、石垣を調達した金生山(かなぶやま)という標高200mほどの山があるのですが、石灰岩に覆われており、その山に化石があ...

≫続きを読む

 

九鬼嘉隆の首塚,胴塚そして寝屋子制度とは?!答志島体験レビュー

織田信長の家臣で織田水軍の将・九鬼嘉隆ゆかりの伊勢鳥羽城。本丸から答志島(とうしじま)が見えます。答志島は九鬼嘉隆が最期を迎えた地であり、嘉隆の首塚や胴塚をはじめ、戦国史跡が点在しています。また鳥羽城からのフェリー移動も比較的楽なので、私的には鳥羽城を答志島をセットにするのがオススメです。では実際、...

≫続きを読む

 

柴田神社が建立された理由は北ノ庄城の柴田勝家の首なし武者行列だった

かつて柴田勝家の居城だった北ノ庄城には、勝家の怪談話が残っています。旧暦4月24日。この日は柴田勝家が妻・お市の方と共に亡くなった日で、北ノ庄城が落城した日でもあります。江戸時代、すでに北ノ庄城は無く、跡地には福井城が築城されましたが、城下町は北ノ庄城時代とほぼ同じ場所にありました。しかし町民たちは...

≫続きを読む

 

福井県越前北ノ庄城跡のアクセスと駐車場そして見どころポイントレビュー

越前北ノ庄城は戦国時代、この地を治めていた柴田勝家の居城跡です。また北ノ庄城の跡地を整備拡張して福井城が築かれたので、北ノ庄城は福井城の前身の城ともいえますね。アクセスと駐車場まず北ノ庄城のアクセスですが、電車で訪れた場合、JR福井駅から徒歩だと10分ほどです。かつての北ノ庄城の中心地は、柴田勝家を...

≫続きを読む

 

最古の現存天守は犬山城?丸岡城?ここまで分かった天守の話

日本には数多くの天守を持つ城がありますよね。でも一番古い天守、つまり最古の天守はどこなのか?あなたはご存知ですか?今日はそんな天守のオハナシです。現存天守は12城のみ多くの城は、明治初期に明治政府の命令で天守が取り壊されてしまいました。そして昭和に入ると観光目的などでかつての天守を復元、再建される様...

≫続きを読む

 

ホーム RSS購読 サイトマップ