蒲生氏郷時代の石垣が残る三重県松坂市の松阪城跡

蒲生氏郷時代の石垣が残る三重県松坂市の松阪城跡

 

 

三重県松阪市の松阪城跡は、天正十六年(1588)に蒲生氏郷が築城を開始した城です。蒲生氏が陸奥国会津(福島県会津若松市)に移封後、服部一忠(小平太)、古田重勝などが城主を務めました。

 

 

>>詳しい松阪城の歴史 | ウィキペディア

 

 

松阪牛で有名な松阪市の街中にある城で、豪快な石垣が特徴です。現在は城址公園となっていますが、石垣のほかに虎口や天守台など見るべきポイントも多いので、まとめてチェックしておきましょう!

 

 

もくじ

 

 

 

 

 

 

 

松阪城のアクセスと駐車場


まずは電車で松阪城への行き方ですが、JR紀伊本線松阪駅、近鉄山田線松阪駅が最寄り駅です。

 

 

駅から歩いて15分くらいで松坂城に着きます。平地なので歩くのも楽ですよ。

 

 

 

 

 


そして駐車場ですが、松阪城の横に無料の市営駐車場があります。利用時間は午前6時〜午後9時30分まで。

 

 

松阪城の駐車場の場所の住所

三重県松阪市殿町1539?1

 

 

松阪城の駐車場の場所の地図

 

 

 

 

 

100名城スタンプ


松阪城の日本100名城スタンプは、松阪城内にある歴史民俗資料館で押すことができます。

 

 

休館日や閉館後は松阪駅前の観光情報センター、もしくは本居宣長記念館でもスタンプを押せます。

 

 

>>松阪市観光情報センター

 

 

>>本居宣長記念館

 

 

 

 

 

街中に溶け込んでいる城


松阪城の駐車場から城跡まで歩いて約5分くらいです。その時目にするのが松阪城の石垣。これ見るといきなりテンションも上がります!隣りはグランドになっていて野球の試合が行われていました。

 

 

 

 

 


そしてこれが縄張り図(地図)。悌郭式の平山城です。

 

 

天守や櫓などの建造物はありません。

 

 

 

 

 

 

豪快な石垣


松阪城の特徴のひとつに豪快な石垣があります。平山城なので城の入口から本丸までは登りになっていますが、石垣を眺めながら登るので気分も高まりますよね。

 

 

 

 

 


松阪城の石垣は野面積みがメインになっており、角の部分は切り込みはぎの算木積みになっています。この石垣を築いたのが蒲生氏郷の故郷・近江(現在の滋賀県)の石垣職人集団である穴太衆です。

 

 

穴太衆を中心に地元の百姓などを動員して築かれました。松阪城の築城が天正十六年(1588)ですから、400年以上も経過して残っている事になりますよね。

 

 

 

 

 


築城から400年以上経過している松阪城ですが、全ての石垣が築城当時のものではなく、修復されている部分があります。それをチェックできるのが石垣の隅の算木積みの部分。この石垣は修復されておらず残っている石垣。

 

 

 

 

 


そしてこちらが修復された石垣。隅の算木積みの部分と右側の石垣の工法や色が明らかに違いますよね。

 

 

松阪城は江戸時代に紀州藩領になっており、江戸時代通して石垣の修復が行われていました。

 

 

また昭和六十三年(1988)〜平成十五年(2003)までの16年間にかけて大規模な石垣修復工事も行われており、石垣をよく見ると修復した事がわかります。

 

 

 

 

 


松阪城の石垣を見ていると、ぽっかり穴が開いた部分があります。これは石垣の石が抜け落ちたのではなく、石垣の排水溝址です。どこにあるのか探してみてください♪

 

 

 

 

 

 

虎口の工夫


松阪城を登っていると、Uの字に折れ曲がっている箇所がある事に気が付くと思います。

 

 

一見、『まっすぐ道を作れば楽に登る事ができるのにイジワルだな〜』と思いますが、実はこれ、城を防御する工夫なのです。この部分を虎口(こぐち)といいます。

 

 

城門(助左衛門御門)があり、それを見下ろす様に鐘の櫓、遠見櫓という2つの櫓がありますよね?そこに敵が攻めこんできたらどうなるか?

 

 

 

 

 


まず城門まで登ってきている時に矢、鉄砲で攻撃されます。Uの字になっているのはできるだけ長く城門にたどり着かせないためです。また城門を破ろうとしている時にも攻撃は続き、ようやく城門を破った後にも追い打ちをかけられます。

 

 

これを見ていると敵兵が気の毒ですね…

 

 

 

 

 


でもなんとか敵兵は本丸近くまで攻め込む事に成功!でも…ここも折れ曲がっているという事は…

 

 

 

 

 


やはり横矢掛け(側面攻撃)のための屈折なのです。

 

 

城を巡る時、折れ曲がっている道を見つけたら、近くに櫓台址や攻撃できそうな曲輪が無いかチェックしてみましょう。

 

 

 

 

 

 

松阪城の本丸と天守台


松阪城の一番上の部分が本丸です。現在は広場になっており、隅に石垣が巡られています。この本丸が松阪城の一番重要部分で、もし松阪城が攻められた場合、城主などがここに籠り指揮をとることになったのでしょう。

 

 

 

 

 


松阪城の本丸には建造物はありませんが、かつて存在した建造物を示す石碑が建てられています。写真は月見櫓跡。

 

 

 

 

 


こちらは天守跡。蒲生氏郷が松阪城を築いた天正十六年(1588)に三重五階の天守も築かれました。この天守台は2段になっており、天守台自体が本丸よりも高い場所にあります。

 

 

また天守台の石垣の隅をよく見ると平べったい石があるのですが、それはどこからか持ってきた古墳の石棺の蓋です。

 

 

 

 

 


冒頭で駐車場から松阪城の石垣が見える事を説明しましたが、城内から見る市街地の景色もまた良いものです。写真は本丸下の【きたい丸】からの景色。

 

 

石垣の高さもよく分かりますね。

 

 

 

 

 


二の丸にある本居宣長(もとおり のりなが)旧宅。

 

 

宣長は江戸時代の国学者、医者だった人物です。屋敷は松阪市殿町にありましたが、保存のために明治四十二年(1909)現在地に移されました。また松阪城のすぐ側に本居宣長記念館もあります。

 

 

 

 

 

 

所要時間と私の感想

 

私の松阪城の感想ですが、とにかく石垣が豪快な城だと思いました。また街中にあるので、松阪市のシンボルみたいな場所になっています。

 

 

松阪城は平山城ですが、夏でも散策しやすいように整備されているので、季節を問わず訪れることができる城です。

 

 

所要時間ですが、ざっと周って約30分。ジックリ周って1時間くらいですね。

 

 

また松阪駅から松阪城までの区域は、かつての城下町であり、いろんな遺構や寺院、また石碑などをチェックしながら城に向かって歩いて行くのも楽しいですよ。

 

 

 

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