駐車場からアクセス、そして御朱印や忍者屋敷まで!観光で巡る伊賀上野城




駐車場からアクセス、そして御朱印や忍者屋敷まで!観光で巡る伊賀上野城

 

 

三重県伊賀市の伊賀上野城は、仁木氏の居館や滝川雄利の砦があった場所に筒井定次、藤堂高虎らが改修を続け、近世城郭とした城です。

 

 

伊賀上野城の詳細⇒ ウィキペディア

 

 

最近では伊賀忍者で有名な伊賀上野城ですが、日本城郭協会認定の日本100名城のひとつです。

 

 

この記事では、そんな伊賀上野城の見どころをチェックしてみましょう!

 

 

もくじ

 

 

 

 

 

アクセス


伊賀上野城の最寄り駅は伊賀線・忍者市駅(上野市駅)です。

 

 

忍者市駅まで着けば、後は徒歩10分程で伊賀上野城に行くことができます。

 

 

>>各地からのアクセスまとめはこちら

 

 

次に車でのアクセス方法をお伝えします。

 

 

車でアクセスする時は、まずはカーナビの検索で伊賀上野城と入力すると出てくると思います。

 

 

もし出なかった場合、伊賀市市役所を検索します。というのは、伊賀市市役所の目の前が伊賀上野城だからです。

 

 

 

 

 


次に伊賀上野城の駐車場について。

 

 

伊賀上野城には、いくつかの駐車場がありますが、1回入庫で500円です。

 

 

 

 

 

100名城スタンプと御朱印


伊賀上野城の日本100名城スタンプが置いてある場所について説明します。

 

 

伊賀上野城の日本100名城スタンプ設置場所は2カ所あります。

 

 

それが天守入り口の料金所と天守1階の下駄箱前です。

 

 

また100名城のスタンプ台帳は、普通に本屋さんで販売しています。

 

 

まずはあなたの家の近所の本屋さんで探してみてください。もし無かったらインターネット通販でも購入することができます。(楽天ブックスなら送料が無料)

 

 

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伊賀上野城の御朱印(御城印)について説明します。

 

 

伊賀上野城の御朱印(御城印)は、伊賀上野城ではなく、だんじり会館にあります。

 

 

だんじり会館の場所の住所

伊賀市上野丸之内 122-4

 

 

>>だんじり会館の場所の地図

 

 

 

 

 


だんじり会館で、もうひとつチェックしておきたいのが伊賀・亀山・津・松阪・鳥羽の城郭巡りスタンプです。

 

 

これも館内にあります。

 

 

 

 

 

天守以外の見どころ


伊賀上野城の見どころをいくつかチェックしてみます。まずはかつての遺構。

 

 

画像は東大手門跡の石碑です。

 

 

伊賀上野城の中心部は公園化されましたが、その周辺は開発が進んで商業地や住宅地になりました。

 

 

しかし街中を歩いてみると、かつての遺構を示す石碑や案内看板が立っています。

 

 

 

 

 


伊賀上野城下の寺町。

 

 

慶長十一年(1611)頃、藤堂高虎が城下町を作る時、侍屋敷や三筋町を碁盤の目のように並べました。

 

 

その中に城下町を守るために寺町という、寺が集中する区画を作りました。

 

 

現在でも7つの寺が立ち並び、それぞれの由緒を持ち、優れた文化財を有している寺もあります。

 

 

 

 

 


伊賀上野城の蛇谷堀(蛇池)。

 

 

昔、この場所に薬師の放生池(ほうしょういけ)といい、山酸醤(やまさんしょう)と呼ばれる大蛇が住んでいました。

 

 

藤堂高虎が伊賀上野城を築城する時、この池を利用して東の内堀を作ることになったのですが、その時、大蛇を退治し、それ以来この池を蛇谷堀(蛇池)と呼ぶようになりました。

 

 

現在でも市役所の前に残り、看板も建っています。

 

 

>>蛇谷堀(蛇池)の場所の地図

 

 

 

 

 


城内に残る筒井氏時代の天守跡。

 

 

伊賀上野城は筒井氏時代の城郭を藤堂高虎が拡張した形になっており、筒井氏時代と藤堂氏時代では天守の場所が違います。

 

 

筒井氏時代の天守跡は現在立ち入り禁止みたいになっており、藪に覆われていますが、進入できる範囲の所に筒井天守跡の石碑が建っています。

 

 

>>筒井天守跡の石碑の地図

 

 

 

 

 

伊賀上野城の高石垣


伊賀上野城の見どころのひとつに高さ約30mの高石垣があります。

 

 

この高さは大阪城と並び、日本一の高さといわれるくらいです。

 

 

 

 

 


天守の西側に高石垣を見学できる区域があります。

 

 

画像をよく見てみると、石垣の上に数人立って見学しているのが分かりますか?

 

 

この人の大きさと高石垣の高さを比較してもらえば、どれだけ高いか分かるでしょう。

 

 

ちなみに手すりや柵が無いので、石垣から落ちない様に注意が必要です。特に写真を撮る時など、後方に注意しないと思わぬ事故に繋がるので注意しましょう。

 

 

 

 

 

高石垣を外から見る

 


伊賀上野城の高石垣は、城内からではなく外側から見る事もできます。

 

 

伊賀上野城の西側に伊賀市立崇広中学校(いがしりつ すうこうちゅうがっこう)があります。城と中学校の間の道が堀の道という名前で、ここから高石垣を見ることができるのです。

 

 

 

 

 


おお!外から見る高石垣も見事ですね!

 

 

この堀の道から見る高石垣も見応えがあるので、是非、足を運んでみてください。

 

 

 

 

 

天守の中は?


いよいよ伊賀上野城の天守の中に入ってみます!

 

 

伊賀上野城の天守は、藤堂高虎によって5重のものが築かれていたのですが、完成目前の慶長十七年(1612)、暴風雨で倒壊。その後再建されることはありませんでした。

 

 

では現在建っている天守は何かというと、高虎時代の天守台に昭和十年(1935)に建てられた三重の大天守と二重の小天守からなる、模擬天守なのです。

 

 

天守内は有料で、以下の料金が必要です。

 

料金

 

・大人500円 (400円)

 

・子ども200円 (150円)

 

※( )内は30人以上の団体料金

 

 

 

 

 


まずは2重の小天守からチェックしてみます。中央に井戸がポツンとありますが、実はこの小天守井戸、忍び井戸という名前が付く伊賀上野城の抜け穴だったといわれています。

 

 

伊賀上野城が築城され始めたころは、大坂城に豊臣氏が健在だったので、もし大坂城攻略が不首尾に終わった場合、伊賀上野城に長期間籠城できるようにする必要がありました。

 

 

そこで藤堂高虎は、当時、城郭構築随一といわれていた西島之友を奉行にして、縄張りを決め始めました。

 

 

結果、高台にある天守に井戸を作るには、かなり深い井戸を掘る必要があったのです。

 

 

そこで西島之友は、井戸底の3つの横穴を掘って他の水脈とつなぎ、大量の水を引き入れる事に成功。

 

 

さらに穴を拡張して、城外から兵糧、武具、弾薬をこっそり運び込めるようにもしました。

 

 

また伊賀上野城が落城した際には、忍びの者を使い、城外からこの井戸にたどり着かせ、城内を攪乱(かくらん)して奪い返すという事も考えられ、設計されていたのです。

 

 

脱出用の抜け穴&城外からの忍び穴ですね。

 

 

そのため江戸時代を通して、井戸には見張り番が付き、藩士といえども井戸の中をのぞくが許されなかったとか。

 

 

私の感想ですが、この抜け穴説は、意外と本当なのかもしれません。

 

 

なぜかというと、城の抜け穴説は、伊賀上野城だけではなく、私が住んでいる愛知県の名古屋城や岡崎城にも残っているからです。

 

 

戦が常に想定されていた時代だけに、万が一に備える事も大事だったのですね。

 

 

 

 

 


小天守を見学したら次は大天守です。まずは100名城スタンプも置いてある1階。

 

 

1階には一番多く展示物があります。

 

 

 

 

 


正面にある藤堂高虎像。

 

 

津城にある高虎の銅像は甲冑を着ていますが、この木造は甲冑ではなく正装ですね。

 

 

 

 

 


1階の奥には甲冑もあります。

 

 

 

 

 


これは伊賀上野城の落ちない瓦

 

 

2017年10月に伊賀市は2回の台風に見舞われて、伊賀上野城の瓦も多く破損したのですが、この瓦はなんとか庇(ひさし)の先端に引っかかり、落ちずに済みました。

 

 

台風後、伊賀市ではこの瓦を丁寧に保護し、落ちない瓦として主に受験生向けに展示することにしました。

 

 

ちなみにこの落ちない瓦には触れる事もでき、そのパワーを頂けるとか。

 

 

 

 

 


そして壁をよく見ると…w

 

 

 

 

 


二階も一回と同じく、展示物がたくさんあります。古文書やパネル展示なども。

 

 

二階の特徴は、フロア全体を見渡すことができるので、天守の構造などもチェックすることができます。

 

 

伊賀上野城は昭和昭和十年(1935)に建てられた模擬天守なのですが、同時期に建てられた大阪城天守はコンクリート製に対して、伊賀上野城天守は木造で建てられました。

 

 

天守自体は外観も大きさもかつてのものとは違う模擬なのですが、もう80年以上経過している木造建造物として見てみると、また味わい深いものがあります。

 

 

 

 

 


これは三階に上がる階段。かなり急傾斜ですね。

 

 

 

 

 


そして三階。三階は最上階で、展示物がほとんどありません。

 

 

このフロアの見どころは天井なんです。

 

 

天井には天守の復興を祝い、横山大観(よこやまたいかん)、川合玉堂(かわいぎょくどう)ら日本画家をはじめ、各界から寄せられた1mの色紙46点が張り付けてあり、絵天井になっています。

 

 

 

 

 


徳川宗家第16代当主・コ川 家達(とくがわ いえさと)氏の色紙。景星曜点と読みます。

 

 

 

ちなみに徳川家達氏は1940年東京オリンピックの組織委員会の委員長を務めた方でもあります。

 

 

(しかし太平洋戦争で計画は中止になりますが…)

 

 

 

 

 


三階の隅にある、川崎 克(かわさき かつ)氏。現在の伊賀上野城天守を建てた人です。

 

 

 

 

 


そして三階からは、伊賀市の東西南北の景色を一望できます。

 

 

 

 

 

忍者屋敷と博物館


伊賀上野城がある公園内には忍者屋敷があります。それが伊賀流忍者博物館です。

 

 

この施設は、移築された本物の忍者屋敷のほか、忍術体験館・忍者伝承館といった資料館があり、現代の忍者ショーも楽しむことができます。

 

 

>>伊賀流忍者博物館公式サイト

 

 

 

 

 


まず忍者屋敷は、伊賀市内にあった本物の建物をそのまま移築し、公開展示してあります。

 

 

中は忍者が解説してくれます。

 

 

 

 

 


資料館には忍者に関するパネル展示のほか、忍者が使う道具などが展示してあります。

 

 

ここの説明によると、現在私達が認識している忍者は黒装束に身を包んだ、すばしっこく動く人達なのですが、実際には戦闘はほとんど行わず、山伏(やまぶし)や商人、芸人に変装して情報収集を行うのがメインの活動だったそうです。

 

 

戦国時代も近隣の情報収集が大事だったようで、それは現在でも変わりませんね。

 

 

 

 

 


個人的に驚いたのが手裏剣の種類の多さ!

 

 

おなじみのものから、初めて見る手裏剣までいろんな種類がありました。

 

 

また実際に見てみると思ったより薄いんです。

 

 

 

 

 


忍者といえば、やはり忍者ショーですね。一日に数回行われています。

 

 

この忍者ショーは入館料とは別料金ですが、目の前でのアクションは、やはり迫力がありますよ。所要時間は30分くらいでした。

 

 

 

 

 

鍵屋の辻


伊賀上野城の近くに歴史的名所があるので、ここもチェックしておきましょう。それが鍵屋の辻(かぎやのつじ)です。

 

 

鍵屋の辻の場所の住所

伊賀市小田町1321

 

 

>>鍵屋の辻の場所の地図

 

 

鍵屋の辻とは、寛永十一年(1634)11月7日に起こった仇討ちの現場です。曾我兄弟の仇討ち、そして赤穂浪士の討ち入り(元禄事件)と共に日本三大仇討ちの一つといわれています。

 

 

渡辺数馬と荒木又右衛門が、数馬の弟の仇・河合又五郎に決闘を挑み切り合いになります。結果、河合又五郎が討たれました。

 

 

この話は江戸時代も講談になって人気があり、近代でも小説になっています。

 

 

また映画監督の黒澤明氏は荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻、渡辺邦男監督は伊賀の水月という映画を撮り、共にDVDになっています。

 

 

>>鍵屋の辻の作品はこちら

 

 

 

 

 

所要時間と私の感想


伊賀上野城の所要時間ですが、私が何度か行ってみた体験ですと、約2時間もあれば、忍者屋敷を含め楽しめると思います。

 

 

特に忍者ショーは個人的には大満足でした!

 

 

また私の伊賀上野城の感想ですが、藤堂高虎の高石垣は日本城郭検定にもたびたび出てくるので、以前から訪れてみたい城のひとつでした。

 

 

私が訪れた時、鍵屋の辻近くにある伊賀越え資料館が閉館になっていたので入館できず、またオープンした時に訪れてみたいと思います。

 

 

5月には伊賀忍者フェスティバルというイベントがあり、忍者イベントやコスプレ参加の観光客も増えるので、城+αの楽しみも増えるでしょう。

 

 

最後に訪れた時、午前中は伊賀上野城、午後からは伊勢亀山城に行ったのですが、名古屋からだと途中に亀山城があるので、セットにしやすいです。

 

 

 

 

 

お土産&グルメ


伊賀といえば、伊賀牛が有名ですが、美味しいものは他にもたくさんあります。そんな中、私のお気に入りは伊賀越え漬という漬物。

 

 

伊賀越え漬けとは、白瓜の種をくり抜いて空洞にし、大根、白瓜、しそ、しその実、生姜などの野菜を細かく刻み、漬けこんだもの

 

 

昔から伊賀に伝わる漬物で、伊賀上野城主・藤堂高虎も軍糧として常備したといわれています。

 

 

そう考えてみると、天正十年(1582)の徳川家康の伊賀越えの時、もしかすると家康も道中食として携帯、もしくは食べた可能性もありますよね。

 

 

また手の込んだ漬物なので、伊賀地方では日常的に食べるものではなく、来客時やめでたい席で食べるという特別で高級な漬物でした。

 

 

実際に食べてみた感想ですが、ひと口の中に様々な味が含まれているのですが、見事に調和してまとまりがあり美味しいです。

 

 

白いご飯の上、お茶漬けに乗せても良いですね。是非、チェックしてみてください。

 

 

 

 

 

近くの宿&ホテル

伊賀上野城へ行く時のホテル選びですが、忍者市駅(上野市駅)や西大手駅周辺には、リーズナブルなホテルも多く、城にも近いのでオススメです。

 

 

また少し離れると、幼児向けの旅館などもあります。

 

 

伊賀上野シティホテル(旧上野シティホテル)

伊賀のこだわり朝食。伊賀鉄道「上野市駅」徒歩3分。無料駐車場完備。お子様添い寝無料。上野城、伊賀流忍者博物館徒歩圏内

 

[最安料金(目安)] 3,300円〜

 

>>伊賀上野シティホテルの詳細

ルートイングランティア和蔵の宿 伊賀上野城前

WOWOW全室で無料視聴可!伊賀市の中心に位置し上野城や伊賀忍者博物館への観光に最適。全室空気清浄機及びW-ifi完備

 

[最安料金(目安)] 5,450円〜

 

>>ルートイングランティア和蔵の宿 伊賀上野城前の詳細

商品観光旅館 ふじ

忍者屋敷、上野城などの観光スポット徒歩すぐ♪伊賀牛料理、観光、ビジネス、合宿などに利用できます。

 

[最安料金(目安)] 5,250円〜

 

>>観光旅館 ふじの詳細

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